今日も俳句日和

平穏な日々が1日も早く戻りますように・・

初秋

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初秋の水に戻れる水の音  taizo


「初秋(はつあき)」、何とも響きのいいキレイな季語だと思います。

歳時記の解説によると日中はまだまだ暑い。しかし朝夕に吹く風に

秋の気配が少しずつ濃くなり、空の色も微妙に変わりつつあるときで

ある。ゆっくりしかし確実に季節が移ってゆくことを実感させられる

季語とあります。

 

もの音は一個にひとつ秋はじめ  藤田湘子

 

秋の海

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踏切の閉ぢる音する秋の海  taizo


やや常套的な感じもするが、聴覚から視覚へなだらかな連結の

できている句。 という評を頂戴した揚句。

確かに秋の海の静けさを詠んで、どこかにありそうな俳句ですが、

踏切が閉じるの言葉で、とうとう夏も終りだという寂しさも

言いたかった句でもあります。

自句については、自らは説明はしないものですが・・

 

さかんなる入日なるかな秋の海  市川沙人

 

残暑

余生とはいつからのこと秋暑し  taizo

                    
季語は秋暑し、残暑のことです。

立秋は8月7日でしたが、歳時記には8月中はまだ厳しい暑さが

続くのが実感であり、立秋を過ぎてもなお残る暑さを残暑という。

とあります。

今の気候は、歳時記の記載より1ヶ月ずらし9月中ということが

実感だと思います。

この季語だけではなくて、歳時記の季節区分は相当にずれており

いつも悩まされることですが、俳句は今の環境、今、見えている

ものを詠めばいいことで、その辺は自由だと思っています。

                   
晩年のやすらぎに居て秋暑し  佐野遊扇

       

秋の人

一片の言の葉さがし秋の人  taizo


俳句は内容が大切ですが、それをどう表現するかも大切です。

その言葉でなければ成立しない一句になるまで言葉を探し、

選ぶことで佳い俳句が生れるということです。

成立しているかどうかなどは、人の評価を待つしかないですが、

まずは手垢の付いてない自分の言葉で、見たこと感じたことを

表現することが、共感を得る句の一歩だと思います。

 

いつよりか秋の歩幅になりにけり  根岸敏三

 

秋祭

丹念に鍬を洗ひて里祭  taizo


春、夏、秋と祭りはありますが、その違いを少し分かっていないと

ピントがずれた俳句になってしまうかも知れません。

春祭は、種を撒き田植えをする時期に豊作を祈願するための祭。

夏祭は、農村部では害虫を追い払うための虫送りや、台風などの

風除けの祭。都市部では、疫病災厄などをはらう祈願から発生した

祭が多いということです。

秋祭は、収穫を神に供えて感謝する祭。よって、季語の「秋祭」は、

五穀豊穣を神に感謝するという本意をどう表現するか工夫が必要。

 

石段のはじめは地べた秋祭  三橋敏雄

 

稲妻

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稲妻やをとこの逃げる非常口  taizo


季語は稲妻、稲の妻とも言いおもしろい言葉だと思います。

歳時記によると、昔の農民は稲妻の出す光の現象が稲の出来に

深い関わりがあると考えた。すなわち、稲がこの電光によって

霊的なものと結びつき、実るのだと信じていたのである。

そこから稲の伴侶→稲夫→稲妻と転じたものだと思われる。

とありました。他に「稲の殿」ともいいます。

 

美しき稲妻となり遠ざかる  石田よし宏

 

秋の蛍

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野に積まる石のひとつに秋蛍  taizo


9月になってもやや小形のホタルを見かけることがあります。

これは出現時期に幅があるヘイケボタルだが、歳時記には

「秋の蛍」を秋風が吹く頃の蛍である。

弱々しく放つ光や季節を外れた侘しさがこの季語の本意だ。

と書かれています。

 

たましひのたとへば秋のほたる哉  飯田蛇笏